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ひとり

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3:00くらいに寝て、6:30に起きて、空港に向かう電車に乗りました。
たまにこうして早起きをしてみると、この時間から通勤通学をしてる人は多く、私もまた中高への通学を思い出して懐かしい気持ちになります。
思えばその頃はまだ、ミュージシャンを目指す気持ちなんてちっとも無かったですし、自分が曲を作って自分がフロントに立って人前で歌うだなんて、想像すらしていませんでした。
不思議なことです。

18歳で曲を作り始めた時、ただただ音楽を紡いでいく作業に魅了されてワクワクしながらいろんな曲を造ってました。
19、20歳の時は、兎に角自分への挑戦、CDを作ったりツアーに出たり、ワンマンをしたり、全国流通をしたり。
自分が貪欲に何かを掴むため動けば必ず何かが目に見えて返ってきたし、ただひたすら今のままじゃダメだ、今のままじゃダメだって言い聞かせてきました。
そんな時に急に活動環境に変化があり、たった一人になった時、自分が活動を続ける意味に対してとても悩みました。
自分に関わっていた人間がスッと掌を返す様や、21歳の女一つの力がいかに無いか、自分の音楽すら守ってあげられない出来事もあり、過去の自分の活動が正しかったのかどうか、誰を信じたらいいか、ぐるぐると脳をめぐって孤独と隣り合わせの活動の中、心が折れない様に背中を叩いていました。

自己主張の塊だった10代が終わり、言いたいこと伝えたいことを仕舞うクセが付いて、色んな本音や気持ちをひたすら自分の中で消化していたとき、いつのタイミングからか声が出にくく感じる様になりました。
あれ、って思った時にはあれよあれよと出にくさが増し、毎朝恐る恐るピアノの前に座って声を出してみると、昨日より出せる音域が下がってる、声がか細くなってる、首を絞められてる様な圧迫感と、大声を出したいと思っても喉に蓋がされたように全く出てくれない、今夜ベッドに入って明日の朝になったら何も無かった様に今まで通り歌えるんじゃ、そう思ってまた朝起きて、自分の声が何処かに出かけてしまった事が現実なんだと思い知りました。
当たり前に出来てた事が出来なくなる事に不甲斐なさと、恐ろしさと、申し訳なさと、情けなさを感じました。
自分が何も持っていないことに気づいた様な。
空っぽに気づいて空洞化した自分の中を見てる様な気持ちでした。

本当はすぐに活動を止めて、ライブもキャンセルしようかと思ったのですが、前作のリリースから1年が経ち、新譜を楽しみにしてくれている皆さん、またライブをして欲しいと伝えてくれる皆さん、その声に応えないとと思い、この度新譜リリースとそれに伴う弾き語りプレツアー、レコ発ツアーを計画してきました。

弾き語りプレツアーに関しては、たった一人でステージに上がることが最近少なかったため、初心に戻ったような緊張感の中全国を回らせていただきました。
明日の名古屋でプレツアーが終わります。とても早い。
各所会場がパンパンになっているのを見て、いつのまにかこんなに爽と言う音楽は人に愛されるようになったんだなと思いました。
お客さん方がポロポロ涙を流してる姿を見て、絶対にまた復帰して歌って下さいと多くの方から仰っていただいて、私はもっと頑張らなきゃと思いました。
一人一人爽とどんな風に知り合って関わってくれたか大体記憶してるのですが、その一つ一つの出来事が私の宝物で、私が歌を歌うにあたり一番支えになっていました。
皆が私の音楽を楽しんでくれるのが、何よりも嬉しいことでした。
症状のこともあり、今は自分の出来る範囲の努力をしているのですが、至らない部分があり離れていくお客さんもいました。
だけど、それよりも多く、私の絞り出すような言の葉を受け取って応援してくれる人が沢山いました。
今は、100パーセントの表現が出来ないこと、未来に皆が楽しんでくれるような計画を立てられないこと、期待に応えられないこと、それが辛いです。
だけどこの気持ちは全部、未来に向けて頑張るために生かしたいと思っています。

たった一人、野ざらしだった少女が、音楽を通して素敵なステージに立てていたのは、見守ってくれていた皆さんがいたからです、待っていてくれた方がいたからです。
本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう。

12日の名古屋での弾き語りプレツアーの幕を閉じた後、新譜の楽曲のお披露目をするレコ発ツアーが14日京都から3本行われます。
どこの会場も私の大好きな音楽家の方々が出演して下さることになりました。
同郷の笹木勇一郎さんは3箇所とも爽のツアーに携わってくださります。
道外ではドラムの森さん、札幌ではベースジョニーさん、ドラム剛志さんがステージ上で爽の背中を押してくれます。
ツアーに向けては宮口さん、今泉さんに歌声のメンテナンスをして支えてもらいました。
一人で計画したCDも、エンジニアさん、アレンジャーさん、プレイヤーさん、多くの友人が協力してくださり、無事にリリースする事ができました。
そんな、色んな人に関わってもらった一枚一枚、爽の手で折って完成させています。

真正面から何かに挑むことは、けして簡単な事でも楽しいだけの事でもありません。
それなのに私は、まだこの先に掴めるものがある気がして、今日も歌っています。
頭が悪いのかもしれないね。
私の目で見て、耳で聴いて、肌で感じたことをもっともっと自分の声で伝えたい。
もっと皆に、幸せだって、過ごして欲しい。
私の中から与えられるものを、もっと世の中に落としていきたい。

ただ、それを考えていたら、行きの飛行機で目が熱くなってしまいました。
ドライアイだから、涙出にくいんだけどな。

歌い方も変わりましたが、今できる精一杯の事をライブで伝えたいと思ってます。
いつか忘れられてしまうだろうけれど、爽の音楽を聞いてる時間は、私があなたがたに幸せをあげたいです。

私の声で、伝えたいです。

BIO

bio

1994.11.10 / 22歳

呼吸をするように詩を紡ぎ、瞬きをするようにメロディーを奏でる___
札幌出身のシンガーソングライター。
エモーショナルで壮大な世界観の曲、実体験を元にした心に深く突き刺さる歌詞、そして凛として柔らかく強い歌声が、人々を大きく引き込む。


遍歴

2012年12月20日、Youtubeに自身で作詞作曲をした「現代の問題」を投稿し、爽としての活動を開始。
2月23日、初ライブと同時に自主制作の四曲入り DEMO 音源「EARTH」を販売開始。
3月24日、MI JAPAN札幌校が主催する「High school jam battle」にてグランプリを受賞。
2013年9月28日、Youtubeの動画をYAMAHA主催のThe 7th Music RevolutionのURL応募、SAPPORO SEMI FINALに出場しグランプリを受賞。10月19日、東日本FINAL出場、グランプリ受賞。

2014年1月12日、JAPAN FINAL出場、楽曲のウェブ人気投票で14組中5位に入る。
3月23日に自身初のワンマンライブ「夜天光のハジマリ」を開催し、初めてながら70人をソールドアウト。
9月1日、First CD「REPLAY」を発売開始。
2015年7月31日に完全一人の弾き語りワンマンライブ「アナスタシア」をKRAPSHALLで開催、120人ソールドアウト。
8月5日、自身初の全国流通盤、1st Album「HAKU」をリリース。リード曲「揺るぎない」がSTVラジオ8月の推薦曲に抜擢、購入者DL特典の「AGAIN」が札幌競馬場テレビCMに決定。 収録曲「愛」がFM滝川「アフターファイブブレイク」エンディングテーマに抜擢。2016年元旦より「箒星」が株式会社札都CMソングな起用。
北海道のみに限らず、東京・大阪・京都・名古屋などでも精力的にライブを行う。